とある団地に住む主婦のブログです。
[PR]
2024.11.23 Saturday
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
水上高原へ、その2
2017.02.13 Monday
水上高原に来て2日目。上の写真は朝9時半ごろに撮ったものでまだ雲が多いけれど、このあとスカッと晴れて日中は驚くほど暖かかった。
初めての子連れスキー場ということで(そもそもSさんとスキー場を訪れるのは2005年の黒竜江以来初である)、みな厳重に、ぎゅうぎゅうに、厚着をしてきたのだが、それではこの日は暑いくらいだった。
二人乗りできるタイヤ風のそりがあって、私とSさんが交替でKと何度も斜面から滑る。普通のそりのようにまっすぐにならず、滑りながらぐるぐる回るところが楽しい。でもちょっと怖い。
かまくらや雪だるまも作った。夜のうちに降った新雪が手つかずの状態、、、というか足あとがつかない状態で目の前にひろがっているので、その上に雪玉を転がしていくとあっという間にきれいな雪だるまが出来てしまう。
昔、Kがもう少し小さいとき、一時帰国の際に雪遊びをさせてあげようと有馬温泉の帰りに神戸六甲山の人工スキー場に寄ったことを思い出した。その時は、何度も踏みしめられた後のようなカチカチの雪しかなくて、雪だるまを作るのを楽しみにしていたKは残念そうにしていたのだった。確かそりを何度か滑って早々に退散したのだった。
あの雪を思えば、水上高原の雪原はぜいたくそのものである。スキー場自体は家族連れも多くそれなりに賑わっているように見えるのだが、それ以上に敷地が広いのだろうか。朝から一日遊んで夕方の時間になっても、まだ「未踏の地」はそこらじゅうに見つけられた。
昼食にはラーメンを食べた。大人用のどんぶりにたっぷり入ったラーメンをKは完食。最近は好き嫌いもあるけれど、食べる量が以前と比べてずいぶん増えた。「お子様ラーメン」みたいなものだと足りないくらいだ。
夜はホテルの中の温泉へ。私は面倒で行かなかったけれど、SさんとKは一旦ホテルの外に出て露天風呂がある建物へ行った。最近は(前からほとんどそうだけど)Kはどこへ行っても風呂に入る時はSさんと男風呂に入る。まあ、Sさんは長風呂派だから、そのほうが楽しめるだろうと思う。
**
3日目の朝、Kは6時ぴったりに起きた。前日の遊び疲れというものは、この子にはないのだろうか。それとも興奮状態が続いているのか。ゆっくり朝食をとって8時、ゲレンデに出ると周りにはほとんど誰もいなかった。
手前がSさん。向こう側に小さく見える点がK。
遠くのスキーコースには早朝スキーを楽しむ人が少しだけいたけれど、ただの雪遊びをしている人間は皆無であった。この時間にはまだソリを楽しめる「お子様コーナー」が開いていないからだ。
前夜、外は吹雪いたらしく、雪がさらに積もっている。昨日のうちに作られたと見られる、かまくら遺跡のようなものがあちこちに出来ていて、Kは深い雪をずんずん歩きながら途中途中でそのかまくらに入り一休みしていた。
9時半くらいに私が先に部屋に引き上げ、荷物整理。SさんとKは10時近くになって戻ってきた。そこからチェックアウトをして行きと反対の順に乗り物に乗り、東京へ戻った。(前回書いたとおり帰りの上越新幹線は悲惨だったけれど、概ね無事に帰宅)
Kは今度はスキーに挑戦したいみたいだ。Facebookで友人たちの小さな子供があっちこっちで華麗に滑っているのを見ると、楽しそうだなと思う。母はまた「ハの字」からやらないといけませんが。
2005年黒竜江省の亜布力スキー場で、Sさんは私にスキーを教えてくれた。教えるのが上手だなあとその時は思ったけれど、Kはとんとんに手厳しいから(それは私のせいでもあるが)、第三者に教えてもらうほうがいいだろうな。
昨日の夜、寝ているときにSさんが(わたしとの)「はじめの頃を思い出してる」とポツリと言った。眠くてそのまま何も言わず私は眠ってしまったけれど、はじめの頃っていつのことだろうか。
亜布力に行ったときのことか、青島で出会ったときの頃か、いっしょにシンセン(のち名古屋)で暮らそうと決めたときのことか。そういえば、明日でちょうど共に暮らし始めて丸10年が経つ。たった10年とも言えるし、長かった10年とも言えるなあ。
二人乗りできるタイヤ風のそりがあって、私とSさんが交替でKと何度も斜面から滑る。普通のそりのようにまっすぐにならず、滑りながらぐるぐる回るところが楽しい。でもちょっと怖い。
かまくらや雪だるまも作った。夜のうちに降った新雪が手つかずの状態、、、というか足あとがつかない状態で目の前にひろがっているので、その上に雪玉を転がしていくとあっという間にきれいな雪だるまが出来てしまう。
昔、Kがもう少し小さいとき、一時帰国の際に雪遊びをさせてあげようと有馬温泉の帰りに神戸六甲山の人工スキー場に寄ったことを思い出した。その時は、何度も踏みしめられた後のようなカチカチの雪しかなくて、雪だるまを作るのを楽しみにしていたKは残念そうにしていたのだった。確かそりを何度か滑って早々に退散したのだった。
あの雪を思えば、水上高原の雪原はぜいたくそのものである。スキー場自体は家族連れも多くそれなりに賑わっているように見えるのだが、それ以上に敷地が広いのだろうか。朝から一日遊んで夕方の時間になっても、まだ「未踏の地」はそこらじゅうに見つけられた。
昼食にはラーメンを食べた。大人用のどんぶりにたっぷり入ったラーメンをKは完食。最近は好き嫌いもあるけれど、食べる量が以前と比べてずいぶん増えた。「お子様ラーメン」みたいなものだと足りないくらいだ。
夜はホテルの中の温泉へ。私は面倒で行かなかったけれど、SさんとKは一旦ホテルの外に出て露天風呂がある建物へ行った。最近は(前からほとんどそうだけど)Kはどこへ行っても風呂に入る時はSさんと男風呂に入る。まあ、Sさんは長風呂派だから、そのほうが楽しめるだろうと思う。
**
3日目の朝、Kは6時ぴったりに起きた。前日の遊び疲れというものは、この子にはないのだろうか。それとも興奮状態が続いているのか。ゆっくり朝食をとって8時、ゲレンデに出ると周りにはほとんど誰もいなかった。
手前がSさん。向こう側に小さく見える点がK。
遠くのスキーコースには早朝スキーを楽しむ人が少しだけいたけれど、ただの雪遊びをしている人間は皆無であった。この時間にはまだソリを楽しめる「お子様コーナー」が開いていないからだ。
前夜、外は吹雪いたらしく、雪がさらに積もっている。昨日のうちに作られたと見られる、かまくら遺跡のようなものがあちこちに出来ていて、Kは深い雪をずんずん歩きながら途中途中でそのかまくらに入り一休みしていた。
9時半くらいに私が先に部屋に引き上げ、荷物整理。SさんとKは10時近くになって戻ってきた。そこからチェックアウトをして行きと反対の順に乗り物に乗り、東京へ戻った。(前回書いたとおり帰りの上越新幹線は悲惨だったけれど、概ね無事に帰宅)
Kは今度はスキーに挑戦したいみたいだ。Facebookで友人たちの小さな子供があっちこっちで華麗に滑っているのを見ると、楽しそうだなと思う。母はまた「ハの字」からやらないといけませんが。
2005年黒竜江省の亜布力スキー場で、Sさんは私にスキーを教えてくれた。教えるのが上手だなあとその時は思ったけれど、Kはとんとんに手厳しいから(それは私のせいでもあるが)、第三者に教えてもらうほうがいいだろうな。
昨日の夜、寝ているときにSさんが(わたしとの)「はじめの頃を思い出してる」とポツリと言った。眠くてそのまま何も言わず私は眠ってしまったけれど、はじめの頃っていつのことだろうか。
亜布力に行ったときのことか、青島で出会ったときの頃か、いっしょにシンセン(のち名古屋)で暮らそうと決めたときのことか。そういえば、明日でちょうど共に暮らし始めて丸10年が経つ。たった10年とも言えるし、長かった10年とも言えるなあ。
PR
COMMENT